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2025年12月

室戸市の人口動向、何がそんなに違うのか?

このブログで考えたいこと

室戸市の人口はなぜ減り方が目立つのか
近隣の町とどこが違うのか
そして、人口規模が近い岩手県一戸町や石川県珠洲市と比べたとき
どんな性格の違いがあるのかを見ていきたい

 

はじめに

距離は数字ではなく「暮らしの感覚」

四万十町で暮らしていると、移動にまつわる感覚はメートルやキロじゃないと感じる
買い物、病院、学校…その道が一本道だと、生活が静かに縮んでいく気がする

室戸市を思い浮かべると、まず頭に浮かぶのは国道55号
海沿いを走る一本道で、風景は美しく観光資源も多い

室戸岬灯台、御厨人窟、室戸ジオパーク、むろと廃校水族館
道の駅キラメッセ室戸、そして室戸スカイライン

こんなに見どころがあるのに、人口は減っていく
しかも周辺市町村よりも、もう一段深く減っているように見える

今回はその違いについて、いくつかの見立てをもとに考えてみる

 

室戸の減少傾向に見える「クセ」

他の町も減っている。でも、室戸は落ち方が違う

安芸市、奈半利町、田野町、安田町、東洋町、北川村、馬路村
どこも人口は減っている。室戸だけが特別というわけではない ▶安芸市のページ

それでも、室戸の減り方は“目立つ”
私にはそう映る

減り続けるグラフに、少しの“緩み”がない

近隣の町は、たとえ減っていても
ある時期には少し落ち着く雰囲気が見える

室戸はその前にもう一段落ちるように感じる
数字というより、生活の気配としての話

暮らしの重心が外に引っ張られている

室戸にもサンシャイン室戸店や室戸中央病院など、生活の基盤はある
ただ、用事が複雑になるほど安芸市方面へ出ていく選択が増える

この「ちょっと寄る」が重なることで
中心の存在感がじわじわと薄れていく
減少率以上に、空気が変わってしまう

 

観点1

終点の町というポジションが「戻る選択」を難しくする

国道55号は、確かにつながっている
でもそのつながり方は「ここで終わり」という形になっている

奈半利町までは鉄道の延長として生活圏が成り立っているけれど
そこから先は完全に車とバスの世界になる

いったん町を離れた人が戻ってこようとするとき
鉄道の有無、病院の数、通勤経路の選択肢が候補地の条件に加わる

どれも揃っている場所のほうが戻り先として選ばれやすい
室戸は、どうしても“最後の候補”から外れやすい

室戸スカイラインからの景色は素晴らしい
けれど、暮らしは景色より時刻表と日々の費用で決まる
地形がつくる「終点感」が静かに影響しているように思う

 

観点2

拠点が限られる町では、暮らしの選択が外に向かいやすい

室戸は、暮らしを支えるポイントが限られている
役所、病院、学校、スーパー……それぞれの距離が遠く、点でつながっている印象がある

安芸市は、ひとつの場所で複数の用事を済ませられる
奈半利町、田野町、安田町も、国道沿いで生活が完結しやすい配置になっている

一方、室戸ではライフステージが変わるごとに
住み替えの判断が出やすい気がする
そしてその行き先は、ほぼ安芸方面と決まっているようにも見える

引っ越しは静かに起きる
そして戻る人は少ない

この「戻らない」が室戸の人口減少を
より鋭く、深く見せているのではないだろうか

 

観点3

観光の強さが、暮らしを支える力と一致しない

観光面では、室戸はかなり強い
ジオパークや灯台、水族館、御厨人窟など話題性はある

国道55号でスポットがつながっていて、アクセスも悪くない
ただし、来訪者が増えることと、住民が増えることは別問題

観光業は季節による波が大きく、定住には直結しにくい
定住を増やすには、仕事・教育・医療・住宅・買い物
この5つが同時にそろう必要がある

その「同時」が難しいため
室戸は“魅力があるのに減っていく”という矛盾を抱えやすい

努力の問題ではなく、構造のギャップなのだと思う

 

人口規模が似ている自治体と比べてみる

岩手県一戸町と石川県珠洲市

室戸市と似た規模の町に、岩手県の一戸町と石川県の珠洲市がある ▶市町村人口ランキング

一戸町は内陸の町で、周辺都市への連携が取りやすい立地
減少傾向にあっても、生活圏を“横に広げる”選択肢が残されている ▶一戸町の人口について

つまり、端ではあっても「終点ではない」構造になっている

珠洲市は、能登半島の先端に位置していて、室戸とよく似た地形条件を持つ
ただ、珠洲は大きな地震災害により、短期間で人口が大きく動いた時期がある ▶珠洲市の人口についての記事

室戸の場合はそうした急な変化はなく
時間をかけて静かに細っていく減り方が特徴

同じ「先端」の町でも、減り方の理由や背景は異なっている

 

今のところの結論として思うこと

室戸市の人口減少が、周辺市町村よりも目立って見えるのは
減少のスピードや割合ではなく

「生活圏が一方向にしか広がらない」という構造にあると思っている

  • 国道55号がすべての動線になっている

  • 鉄道が奈半利で止まり、室戸は車中心の町になっている

  • 医療や教育、買い物の選択肢が限られ、暮らしが重くなるほど外へ出る決断が生まれやすい

  • 観光に強みがあっても、定住を支える土台には結びつきにくい

こうした要素が重なって
室戸の人口減少は、目立たないようでいて確実に深くなっていく
そして、それは数字よりも生活の“かたち”に表れているように感じる

 

おわりに

室戸は弱くない
資源も景色も、物語もたくさんある町

それでも人口が減るという現実が、地方の難しさを物語っている

次に室戸を訪れるときは、観光地をめぐるだけでなく
バス停の時刻表や病院へ向かう車の流れ
サンシャイン室戸店の混み具合を見てみたい

そこに、室戸の生活の設計図が見える気がしている

結論は急がず、でも
室戸の「違い」は、地形と生活圏の偏りが静かに数字に刻まれている結果なのだろうと
今のところはそう考えている

 

室戸市公式 毎月末締め人口統計の公表ついて

 

 

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室戸市   2025/12/29   40010町民

黒潮町の人口減少スピード、県内で見て速い?遅い?

高知県の黒潮町って、人口の減り方どうなんだろう。
速いのか、遅いのか。
県内で比べたらどんな位置なんだろう。

そんな疑問に、自分なりの答えを書いてみます。
四万十町に住んでる自分の目線から。
数字と暮らしの景色、どっちも混ぜて。

このページに来た人が知りたいのって、
「結局、黒潮町ってやばいの?」というところだと思うんで、なるべくストレートにいきます。


まず結論から言ってしまおう

黒潮町の人口減少スピード。
ざっくり言うと、県平均との差ではやや速め。

ただし、県内でバンバン減ってる市町村の中に入ると、
そこまでトップクラスではない。真ん中よりちょい上くらい。

つまり、「めっちゃ減ってる!」とは言い切れないけど、
「いや全然減ってないよ」とも言えない。

どっちかに丸つけるなら「速い寄り」。
でも、最速ではない。そんな立ち位置。


数字で見るとこう

令和2年の国勢調査までの5年間。
黒潮町の人口は11217人から10262人に。

955人減。減少率で言うと8.5パーセント減。

ちなみに県全体の同じ期間は、5.0パーセント減。
それより多い。なので、黒潮町は県平均より「速めに減ってる町」。

しかもこの減り方、急激にガクッと来るわけじゃない。
じわじわ、少しずつ削られる感じ。
気づいたときには「あれ?」ってなる。
そんな減り方が、一番怖いのかもしれない。


県内で比べるとこんな位置

高知県内には、10パーセント以上減ってる自治体も結構ある。

例えば、大豊町は17.9パーセント減。
東洋町は15.1パーセント減。
室戸市は13.2パーセント減。

それに比べたら、黒潮町の8.5パーセントは少しマシ。
なので、スピード的には中間帯くらい。

「中位ってことは、まだ大丈夫そう」と思うかもしれないけど、
実は、県全体が急坂すぎて、その中位ですら結構な坂道。

なので安心はできない。むしろ気づきにくいぶん危うい。


同じ町なのに雰囲気が変わる、大方と佐賀

黒潮町って、場所によって空気が変わる。
大方側と佐賀側。生活の雰囲気も、流れてる時間も違う。

大方は国道56号が主役。
車の流れが速くて、町がそのまま通過点になりがち。

一方の佐賀は、土佐くろしお鉄道の土佐佐賀駅の周りに生活が寄ってて、
歩く人のスピードもゆっくり。

この違い、なんとなく好きなんですよね。
町の中に二つのリズムがあるのって面白い。

でも、減り方だけは同じ。
静かに、平等に、減っていく。どっちも。


四万十町から行くと分かる「減り方」

自分は四万十町の窪川に住んでます。
黒潮町に行くには、国道56号をそのまま南へ。

車を走らせると、山の暮らしから海の暮らしに切り替わる感じがある。

四万十町は集落が点。山の奥にひっそり。
黒潮町は線。入野や佐賀に、人がずっと並んでるような配置。

見た目は、黒潮町のほうが人が多そうに見える日もある。
でも、数字は減ってる。しっかりと。

四万十町は「減ってるな」と肌で分かる。
黒潮町は海が明るいから、減ってるのが分かりにくい。
この「見えにくさ」が、逆に怖いんです。


観光の強さが、減り方をぼかす

入野海岸に立ったときの、あの風と砂。
砂浜美術館の、何もないけど何かある感じ。

観光で来た人には「え、こんな町が人口減ってるの?」って思われるかもしれない。

道の駅ビオスおおがたも、平日でも車が出入りしてるし、
週末なんて県外ナンバーがずらり。

自分もたまに野菜を買いに行って、結局ソフトクリーム食べて帰る。
ただそれだけで気持ちが回復する場所。

佐賀には道の駅なぶら土佐佐賀があって、
黒潮一番館ではカツオのたたきの匂いがずるいくらいに人を引き寄せる。

外から見ると元気な町に見える。
だから、減ってるって言われてもピンと来ない人が多い。

でも、観光と定住は別物。
人が立ち寄っても、そこに住んでくれるとは限らない。
寄り道は増えても、住所は増えない。そこが現実。


暮らしの場所があっても減るという現実

黒潮町って、ちゃんと生活の拠点がある町なんです。

町役場がしっかり機能してて、用事がある人が集まる場所もある。

大方あかつき館も、自分は好きな場所。
図書館として使えるし、子どもも年配の人も静かに混ざっている。
こういう場所がある町って、生活がちゃんとしてるなって思う。

佐賀にはサニーマートもあるし、
ローソンも入野・佐賀・大方バイパスのあたりに点在してる。

生活は、組み立てられる。ちゃんと。

なのに減っていく。
施設があっても、便利があっても、減る。

それってもう、「減る理由は別の場所にある」ってことだと思う。


人口の減り方が、日常ににじみ出る瞬間

人口って、数字で見ると分かりづらい。
でも生活の中では、ふとした時に分かるんです。

例えば、顔ぶれ。
集落の会合で「はじめまして」がなくなる。
いつものメンバーだけになる。

祭りの規模が少しずつ縮む。
やることを減らして、なんとか継続。

役が回ってくるスピードが早くなる。
自分の番が予想より早く来る。

国道56号を平日の昼間に走っていて、
車の数は多いのに、歩いてる人の姿がほとんどない。

そのギャップに「ああ、これだ」と思う瞬間がある。

鉄道を使う高校生の話を聞くと、
進学も就職も、町の外に出るのが当たり前。

戻ってくる人もいる。
でも、みんなが戻るわけじゃない。

その間に空白の数年があって、
その空白のまま、町の人口が減っていく。
静かに。確実に。


道ができても、人は戻らないかもしれない

黒潮町は、道路整備の話題がわりと出てくる町。

佐賀大方道路、大方四万十道路、黒潮佐賀IC、黒潮大方IC。
聞こえは明るいし、災害時の安心感にもつながる。

でも、その道が完成したとき、
外に出るのがより便利になるのも事実。

高知市も、四万十市も、行きやすくなる。

便利になるって、すごく良いことだけど、
その便利さが「住まなくてもいい理由」にもなる。

車で1時間の範囲が広がると、
若い人の暮らしも、働く場所も、買い物も、町の外へ伸びる。
町の中で完結しなくなる。良くも悪くも。


防災の町であるという難しさ

黒潮町は、防災意識が高い。

海が近いぶん、南海トラフの話題が日常にある。
避難路の表示や、高台誘導の看板もよく目に入る。

住んでる側からすると、それは安心でもある。
でも、外から見る人にとっては「リスク」として映ることもある。

「防災に力を入れてる町」としての顔と、
「地震が怖い町かも」というイメージ。

努力しているのに、その努力がブレーキになる場合もある。
これは本当にもったいないけど、よくある現実。


最後にもう一度まとめると

黒潮町の人口減少スピードは、県全体の平均よりは速い。
でも、県内の他の町と比べて最速ってほどではない。中間あたり。

観光もある。施設もある。暮らしの手ごたえもある。
だからこそ、減っているのが見えにくい。
見えにくいまま、確実に減っていく。

速いのか遅いのか。
答えは、速い寄りの中位。

これが、自分なりの答えです。



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黒潮町   2025/12/27   40010町民

宿毛市でいま何が起きてる?静かに進む人口減少とその年代

高知県宿毛市の人口が減っている…という話はよく耳にするけれど、実際どの年代がどう減っているのか、知っていますか?四万十町に住んでいる僕の目線で、宿毛市の現状を少し深掘りしてみました。進学、就職、子育て、介護、それぞれの年代にあるリアルな理由。統計じゃ見えない日常の風景から感じたことを、個人ブログらしくゆるっと書いています。

 

はじめに 四万十町に暮らす僕から見た宿毛市

四万十町に住んでると、宿毛市って距離は近いのに空気感が違うなって思うことが多い。国道56号を西へずーっと走って、宿毛駅が見えてくる頃には、町の雰囲気がガラッと変わる。建物の高さ、人の流れ、車のスピード、どれも微妙に違う。

今回はそんな宿毛市の「人口がどの年代から減っているのか?」について、ちょっと掘ってみる。数字の話ではあるけど、できるだけ肌感で語りたい。町に住んでる自分の目線から見たリアルな話。

 

一番減ってるのはどの年代?って聞かれたら

これ、はっきりしてる。20代前半から30代前半。ここがガクンと減ってる。

理由はシンプル。進学と就職。宿毛駅から土佐くろしお鉄道で高知市や、さらにその先の県外へ出ていった若者が、そのまま帰ってこないケースが多い。延光寺の近くに住んでた知り合いも、福岡の大学行って、そのまま就職して今は熊本にいる。

宿毛に仕事がないわけじゃない。でも、選べる幅が少ない。だから、もっと選択肢がある場所に出て行くのは当然の流れだと思う。

 

子育て世代って今どうなってるの?

20代後半から40代前半、いわゆる子育て世代も減ってきてる。すごく静かに、じわじわと。

宿毛市立宿毛小学校とか、市内の保育所の園児数を見てるとなんとなく分かる。子どもはいる。でも爆発的には増えない。減るほうが目立つ。

理由はおそらく仕事と収入のバランス。サニー宿毛店やフジ宿毛店で働いている人はいる。でも、子育てしながら生活を安定させるには、収入的に難しいと感じる世帯もある。だから、四万十市や高知市方面へ家族ごと移動することもある。

国道321号沿いの住宅地、夜になると灯りが少なくて、あぁここも出ていったのかな…って思う家がちらほら。

 

高齢者は増えてるんじゃないの?と思いきや

ちょっと複雑。

60代〜70代前半は確かに多い。宿毛市役所の周辺や、宿毛湾の遊歩道で朝散歩してる人たちはこの年代が中心。でも75歳を超えると、一気に減る。体力的な問題や、介護が必要になることで、県外の子どもや親戚のいる地域に引っ越すことが増える。

それと自然減。つまり寿命も関係してくる。

宿毛市民病院の外来でも、よく見る顔が急に見なくなったりすると、やっぱり思うところがある。年齢によるリズムの変化は如実だなと。

 

若者が減ると、町ってどう変わるのか?

単純に静かになる。けど、それだけじゃない。

宿毛駅前の商店街、昔は夕方になると学生の自転車が行き交って、ちょっとしたにぎわいがあった。でも今は、通るのは観光客か地元の年配の方が多い。観光名所としては延光寺とか宿毛湾の夕陽とかあるんだけど、それは「日常のにぎわい」とは別のもの。

観光はイベント的。人口は日常の流れ。それが細ると、町のリズムも痩せていく。

 

四万十町から見て、宿毛市は「危ない」のか?

「危ない」とは言わない。でも、変化のスピードは確かに早いと感じる。

若い世代が先に抜けて、その後に子育て世代、最後に高齢者が減っていく。この順番がすごく分かりやすい。四万十町も同じ流れではあるけど、宿毛の方が明らかに進んでる。

道路で言えば、国道56号は同じ道。でも、向こうの方が道沿いの店舗が減ってる。廃業したお店のシャッターに貼ってある「長らくありがとうございました」の張り紙が、妙に胸に刺さる。

 

日常の風景に見える変化

宿毛市民病院の待合室に座ってる人たち。フジ宿毛店で買い物してる時間帯の層。宿毛湾港のベンチで昼間に座っている人たち。全部、高齢者が中心。

この現実は責めるべきことではない。ただの事実。でも、若い世代が減ると、町の意思決定が高齢者向けになる。それは合理的だけど、未来志向ではない。

公共施設の改修も、高齢者が使う頻度の高いところが優先される。道路も、歩道の段差よりスロープの整備が優先される。それも理解できるけど、結果として若い人たちにとっての「暮らしやすさ」がどんどん後回しになっていく。

 

それでも宿毛市に残っているものたち

海がある。延光寺もある。人と人との距離が近い。

四万十町に住んでる自分から見ても、宿毛の人たちのあたたかさは感じる。世帯数が減っても、つながりが残る町ってなかなかない。

人口減は確かに深刻。けど、それぞれの年代層がどう減っていってるのかをしっかり見れば、どこから手を打つべきかが見えてくる。若者を無理やり呼び戻すんじゃなくて、「あ、帰ってきてもいいかも」って思える町づくりが必要。

そのためには、まず現状をちゃんと見ないといけない。感情じゃなくて、状況を見る。

 

最後にまとめ どの年代がどう減ってるのか?

宿毛市の人口の流れをざっくり整理すると、

・まず20〜30代前半の若年層がごっそり抜ける
・続いて、子育て世代がじわじわ減っていく
・最後に、高齢者が少しずつ自然減で減っていく

この順番が、かなり明確。

宿毛駅の周辺、国道56号、サニーやフジ宿毛店、宿毛湾港、市民病院…どこを切り取っても、数字じゃなく空気で伝わってくるものがある。

四万十町に住んでる自分にとっても、これは遠い未来の話じゃない。すぐそこにある現実の話だ。だからこそ、他人事にしないでおきたい。

 

この記事を書きながら、四万十町と宿毛市の違いって、意外と目に見えないところにあるなぁと思いました。距離は近いのに、人口の動きや生活のリズムがちょっと違う。宿毛市の商店街を歩くと、懐かしさと寂しさが混ざったような空気があって、それが好きでもあり、気になる部分でもあります。減っていくことを悪いと決めつけるより、どう付き合っていくかが大事なんだろうなと思います。僕ら自身もまた、次の数字の一部になっていくわけですし。

 

 

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宿毛市   2025/12/26   40010町民

もくじ  40010町自見簿記事一覧

奈半利町、人口2,783人でも存在感はマシマシだった話🍆✨

人口2,878人が他人事じゃなくて、大豊町を気になって調べずにいられなかった話🏔️

人口4,246人って聞いて気になったので調べた高知県・大月町という町の話📊🌊

人口349人の現実📊高知県大川村が気になって仕方ない理由

🏞️ 土佐町の人口 2025年11月1日時点で3,420人らしい

人口11,255人へ減少した土佐清水市、高知の端で意外な魅力を再発見🌊

土佐市の人口25,357人を調べて見えた減少の現実📉

四万十市の人口変動30,975人を気になって追った結果😅

南国市の人口45,548人を調べて気づいたことを語る😅📊

人口1,170人の北川村を気になって調べ始めたら止まらんかった件😅🌱

佐川町の人口11,568人を気になって調べてみたら感じたこと😂

🌿人口4,341人の仁淀川町(によどがわちょう)ってどんなとこ?気になって調べてみたら、想像以上に深かった話😳💧

🌿三原村の人口1,337人って…?高知県の小さな村が気になりすぎて深掘りした話🤔✨

🌟高知市のバスと路面電車、これからどうなるの?ゆるっと語る交通リ・デザインの話🚋🚌

🏞️ いの町の人口20,684人、仁淀ブルーとともに生きる町のリアルを調べてみた🌊

清流の町、四万十町は14,622人🌊今こそ見つめたい地域のチカラ

中土佐町の人口5,679人、山と海に囲まれた「ちょうどええ」町のリズム🏞️🐟

人口9,726人の黒潮町😊隣の海辺で続く温かな日常

四万十町のオープンデータが動かない📉準備中のまま時が過ぎていく町の今

宿毛市の人口18,004人になって思う 静けさの中に息づく暮らし🌿

🌿40010町自見簿(しまんとまちじけんぽ) はじまります✨
 

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四万十町   2025/12/24   40010町民

人口が減っている「四万十町」を、数字の外側から考えてみる

四万十町土佐興津展望台の写真.jpg

 

山に囲まれた朝、川の水音だけがやけに大きく聞こえる日がある。
四万十町で暮らしていると、「人が減っている」という言葉より先に、こういう感覚が体に残ることが多い。
静かになった、というより、余白が増えた、という感じに近いかもしれない🙂


四万十町(しまんとちょう)は、高知県の中西部にあって、いわゆる四万十川の中流域に広がる町だ。
海はない。
けれど山と川はとにかく近い。
車で10分走れば景色ががらっと変わるし、同じ町内なのに「そこは別の世界やね」と言いたくなる場所がいくつもある。


この距離感が、四万十町を語るときの前提なんだと思っている。
中心部と山間部。
国道沿いと支流の奥。
同じ町名でも、暮らしの感覚はかなり違う。
この「近いのに遠い」感じが、ここ10年、20年でより強まってきたように感じる。


少し前まで、もう少し人の気配が均されていた気がする。
夕方になると、どこからか軽トラの音がして、誰かが誰かの家に寄っている。
用事がなくても立ち話が始まる。
そんな場面が、今よりも自然にあった。


今はどうかというと、なくなったわけじゃない。
ただ、発生する頻度が下がった。
「今日は誰とも会わんかったな」という日が、珍しくなくなった。
これが人口の変化と無関係とは、さすがに思えない😅


ここで補足資料として人口の話をしておくと、
四万十町の人口は、2000年代半ばを境に減少が続いている。
10年前と比べても、20年前と比べても、確実に少なくなっている。
ただ、数字そのものよりも、減り方の質が変わった気がしている。


以前は、若い人が出ていく、という減り方だった。
今は、そこに「自然に空く家」が重なっている印象がある。
高齢の一人暮らしが終わり、次の住み手が現れない。
そういう家が、点ではなく線で増えてきた。


町内を移動していると、それがよく分かる。
少し奥に入った集落ほど、空き家がまとまって見える。
一方で、中心部や国道沿いは、そこまで極端ではない。
この差が、町全体の実感を分かりにくくしている気がする。


「まだ大丈夫そうに見える場所」と
「もう戻らなさそうに見える場所」
その両方が同時に存在している。
これが四万十町の今の姿なんじゃないか、と感じる。


10年〜20年前と比べて変わったのは、選択肢の数だと思う。
昔は、残るか出るか、という二択だった。
今は、残り方が細分化されている。
町内で移る人、週末だけ戻る人、完全に生活を切り分ける人。


便利になった部分もある。
ネット環境は良くなったし、買い物も昔よりは融通がきく。
それでも「ここで暮らし続ける理由」を、個人で抱え込む場面は増えたように思う。


距離感の話に戻ると、
四万十町は、外から見るより中の移動が大変だ。
地図で見ると一つの町でも、体感では複数の地域が折り重なっている。
この内部距離の長さが、人の集まり方を分断している影響もありそうだ。


イベントを一つ開くだけでも、
「そこは遠い」「夜は帰れん」という声が必ず出る。
誰かを呼ぶ、という行為自体が、以前より重たくなった。
人口減少というより、接点の減少、と言った方が近いかもしれない。


それでも、完全に悲観しているわけではない。
人が少なくなったからこそ、残った関係が見えやすくなった面もある。
顔と名前が一致する範囲で、ちゃんと助け合っている実感もある。


ただ、この状態がずっと続くかというと、正直分からない。
次の10年で、また質が変わる気がしている。
減るスピードよりも、減った後の形が問われる段階に入っているように感じる。


四万十町は、派手に何かが壊れる町じゃない。
少しずつ、静かに、風景が置き換わっていく町だ。
その変化は、数字だけでは掴みにくい。


だからこそ、人口データは「入口」でしかない。
川の音が変わった気がすること。
夜の明かりが一つ減ったこと。
そういう小さな違和感を拾い続ける方が、実態に近づける気がしている。


住んでいるからこそ、見えすぎる部分も、逆に見えなくなる部分もある。
それでも、この町の距離感や変化を、もう少し言葉にしていきたい。
四万十町は、まだ途中にある町だと思っているので🙂

 

四万十町 まちのあらまし

 

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四万十町   2025/12/24   40010町民

香美市の人口は、いつから減り始めたのか

 

調べてみた理由と背景

「香美市の人口って、いつから減り始めたんだろう?」

ふと気になって調べてみました。
よく言われるのは「合併してから減った」という説。けれど実際のデータをたどると、もっと前から静かに減っていたことが見えてきます。

今回は、香美市の人口が減り始めた時期を中心に、近隣市町村や同じ人口規模の市とも比較しながら、なるべく納得感を持てる形でまとめてみました。

 

減少の起点は昭和35年から40年ごろ

合併前から始まっていた人口の下り坂

香美市の人口が減り始めたのは、昭和35年(1960年)から昭和40年(1965年)頃。
このあたりで、はっきりと下降に入ったと考えています。

理由は明快です。
昭和30年代までは4万人を超えていた人口が、昭和40年代に入ったところで4万人を割り、その後は一度も上向いていないからです。

つまり、2006年の市町村合併よりも、ずっと以前から人口は減っていた。
合併がきっかけではなく、それ以前から静かな下り坂を歩んでいた、という見方のほうがしっくりきます。

とはいえ、「減り始め」とは何を指すのかという問題もあります。
統計上のピークを意味するのか、それとも生活のなかで人が減ったと実感される瞬間なのか。
この違いも念頭に置いておくべきだと思います。

 

合併前のデータを見直すと、早期の減少がはっきりする

香美市は、旧土佐山田町・香北町・物部村が合併してできた自治体です。
そのため、合併後の統計だけ見ていても、人口減少の本当の始まりは見えてきません。

昭和30年代までは人口4万人台を維持していましたが、昭和40年代にはそれを割り込み、以後はずっと減少傾向が続いています。

土佐山田駅の周辺には、JRの駅や国道195号、マルナカ土佐山田店やバリューかがみの、図書館「かみーる」など、生活の拠点となる施設が揃っています。

観光資源も豊富です。
龍河洞、やなせたかし記念館、道の駅美良布(韮生の里)などは、どれも人を引きつける力がある場所。

それでも、長期的な人口の減少傾向は止まっていません。

これは、「増える条件がない」のではなく、「減っていく要因のほうが長く強く残っている」という構造的な問題かもしれません。

 

周辺自治体と比べると、香美市の減り始めはかなり早い

まず比較したいのが、南国市と香南市。
地理的にも近く、生活圏が重なる部分がある市町村です。

南国市は2000年代後半まで人口が増えていて、減少に転じたのは比較的最近のこと。
空港や大学、高速道路の整備など、生活圏の広がりを支えるインフラが揃っていることが理由だと思われます。(南国市のページ

香南市はさらに遅く、2010年(平成22年)あたりがピーク。
のいち動物公園やヤ・シィパーク、国道55号のアクセスの良さなどが、通勤圏としての強さを支えています。(香美市の人口について

一方、香美市は昭和40年頃にはすでに減少に転じている。
周辺市と比較すると、明らかに減少のタイミングが早いとわかります。

反対に、北側の山間部に目を向けると、大豊町や本山町など、高度経済成長期に大きく人口を減らした自治体があります。
土讃線や国道32号は通っていますが、若者の流出は止まりません。
香北や物部地域と似た状況を抱えている印象です。

香美市の中でも土佐山田の平地は他市の影響を受けやすいのですが、市域全体で見ると山側の割合が大きく、これが早期の減少につながったのではないかと感じます。

 

人口が近い市と比べると、減少のパターンが違う

香美市の2020年時点の人口は約2万6500人。
この規模に近いのが、奈良県五條市と広島県大竹市です。(市町村人口ランキング

・五條市 約2万7900人
・大竹市 約2万6300人

ただし、数字は似ていても、減少の「形」はまったく異なります。

五條市は一度、人口を持ち直している

五條市は1970年代から減少に入ったものの、1990年代に一時的に増加しています。
これは、通勤圏としての位置づけが変わったり、生活のスタイルが広がったことが影響していそうです。

香美市はどうかというと、一度も増加に転じる局面がありません。
まっすぐな下り坂を描いているのが特徴です。

大竹市はピークから一気に減少へ

大竹市は1975年をピークにして、その後は減少傾向が続いています。(大竹市の人口動向について
工業都市によくある、ピークアウト後の急減というパターンです。

香美市はこれとは違い、産業構造による急な増減はなく、山間地域ならではの「じわじわ型」の減り方をしている印象です。

 

なぜ香美市は早く減少に入ったのか? 私の仮説3つ

ここまでの流れから、香美市の人口減少が早かった理由について、3つの仮説を立ててみました。

1 山間地域の比率が高く、維持が難しかった

香美市は面積が広く、山地が多いエリア。
集落の維持や移動の負担が大きく、高度経済成長期には都市部へ人口が吸い上げられた影響を受けやすかったと思います。

2 通勤圏には近いが、定住地としての強さは弱い

高知市までは遠くない。
でも南国市や香南市のように、完全な住宅都市にはなりきれていない。
土佐山田周辺は便利でも、市域が分散しており、流入が集中しにくい構造です。

3 訪れる理由はあるが、住む理由になりにくい

道の駅や図書館、観光施設など、来訪者を引きつける要素はあります。
でも人口を増やすには「住む理由」が必要。
これは施設ではなく、仕事や教育、家族構成など、もっと根の深い要素が関わってきます。

市域内に「便利な地域」と「生活の難しい地域」が混在していることで、人口全体としての増加にはつながりにくいのではないかと感じています。

 

よくある疑問に答えます

Q 合併してから人口が減ったのでは?

A 減少はもっと前から始まっていました。合併(2006年)は、統計の区切りにすぎません。

Q 周辺市町村より特に減り方が激しいの?

A 減少のペースが速いというより、「早くから減り始めた」ことが特徴です。

Q 五條市や大竹市と同じ人口なら、同じように減るのでは?

A 規模が同じでも、減少の背景はまったく異なります。
香美市は「ゆっくりだが長い減少」、大竹市は「工業ピーク後の急減」、五條市は「一時的な回復あり」。
人口グラフにもそれぞれの物語があります。

 

香美市の人口が減り始めたのは、昭和35年から40年ごろ

香美市の人口が減り始めた時期を調べていくと、やはり昭和35年から40年ごろというのが一つの区切りになります。

周辺の南国市や香南市が平成に入ってから減少に転じたことを考えると、香美市の減少はかなり早い段階から始まっていたといえます。

数字を追っても、実際に歩いてみても、香美市の人口のグラフは「ゆるやかに、でも確実に」下り坂を描いてきました。

この現実とどう向き合うか。
それを考えることが、地域のこれからにつながっていくと思っています。

 

高知県香美市 公式サイト

 

 

 

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香美市   2025/12/23   40010町民

高知県安芸市の人口減少で目立つ年代層を考える

安芸市の人口はどこでどう減っているのか。その中でも特に目立つのは、どの年代なのか。気になったので、周辺市町村や、人口規模が似ている芳賀町(栃木県)や長洲町(熊本県)とも比べながら、考えてみました。

私は四万十町に住んでいます。安芸へ行くたびに感じるのは、同じ高知県内でも人の動きや年齢層の「空気」がちょっと違うということ。統計を見るのは大事だけど、数字だけでは語れないものがある。それがこの文章を書く出発点です。

 

安芸市で特に減っているのはどの年代?

安芸市の人口で、最も減り方が目立つのは15歳から29歳の若年層。この年代が抜け落ちたように少なくなっている。さらにその影響で、30代と子どもの層も時間差で細くなっているように見えます。そして高齢者が相対的に多く感じられる。この構造、結構はっきり出ている気がします。

単純に「若者が出て行くから」では済ませたくない。出ていく背景と、戻ってこない理由。それぞれに違う事情がある気がしてなりません。

 

若者が動くタイミングを生活の節目から考える

私の中で、この15〜29歳が町を離れやすいタイミングは大きく三つあると考えています。

  • 18歳前後で、進学や就職による初めての移動
  • 22〜24歳で、就職が本決まりになるタイミング
  • 27〜29歳で、結婚や住まいの変化、転勤などが重なる時期

安芸市は、この節目で人が出ていきやすい形をしている。

たとえば安芸駅からごめん・なはり線で高知市方面へ。あるいは国道55号を車で。国道493号も含めて交通は整っていて、便利です。その便利さが、逆に「外へ出やすくしている」のではないかという仮説を持っています。

駅周辺で言えば、安芸駅ぢばさん市場は観光客と地元の人が交差する場所。観光では伊尾木洞、野良時計、岩崎彌太郎生家、安芸城跡など見どころも多い。

人は確かに来ています。けれど「暮らす人の厚み」と「来る人の賑わい」は別の話。そこは冷静に見分けたいと思っています。

 

子育て世代と子どもの層も時間差で減る

15〜29歳が少ないと、当然その数年後、30代が細くなる。

30代というのは家族を持ち始める時期でもあり、地域のイベントや学校、スポーツ少年団などを支える存在でもあります。ここが薄いと、地域のエネルギーも少しずつ静かになっていく。

具体的な風景としては、安芸市立図書館の児童コーナーのにぎわいや、安芸タイガース球場で見かける子どもたちの数。ある年を境に、急に静かになったように感じることがあります。

0〜14歳の子どもも、直接的に減っているというよりは、親世代の動きに引っ張られて自然と減っている印象です。

出生数が減っているのも確かですが、それだけではない。若い世代が市外に移った結果、子どもが他市町村で生まれている。そういう構図もあると考えています。

 

高齢層が目立つのは「原因」ではなく「結果」?

高齢者が多く見えること自体は間違いないのですが、それは「原因」ではなく「結果」の側面もあると思っています。

若い世代が減ると、残った世代の比率が上がる。そうして高齢化が際立って見えてくる。

風景に落とすと、安芸中インター線を走る車の流れや、サンシャイン ランド店のレジ前に並ぶ人の年代感。こうした日常の場面で、じわじわと年齢の偏りが浮かび上がってくる。

静かだけど、確実に進んでいる変化です。

 

安芸市は「受け皿」があるのに若者が出ていく

安芸市の周辺には芸西村、安田町、田野町、奈半利町、北川村、室戸市があります。

この東部エリアは全体的に高齢化が進んでいる地域。その中で安芸市は行政の中心、買い物や通院の中核、観光の拠点という「受け皿」の機能を持っています。

それでも若い世代が出て行き、戻ってこない。このギャップはとても大きな問題だと感じます。

若い人にとって、暮らす場所としての選択肢になれていないのか。あるいは、戻るきっかけが足りていないのか。

 

芳賀町と長洲町との比較 同じ人口でも見える風景が違う

安芸市の人口は約1万5千人。この規模に近いのが、栃木県の芳賀町と熊本県の長洲町です。

栃木県芳賀町の場合

芳賀町は、宇都宮市に近く、通勤圏としても機能しています。工業団地があり、宇都宮ライトレールも通っています。▶芳賀町の人口について

道の駅はがや芳賀温泉ロマンの湯など、地域資源も豊か。外から働きに来る人と、定住する人のバランスが良く、20代が完全に抜け落ちることはないようです。

つまり、出る人がいても、入ってくる人がいて、谷が浅くなりやすい構造を持っているわけです。

熊本県長洲町の場合

長洲町は、20代前半で出ていく人が多い反面、20代後半では男性の転入が増えている傾向があります。▶熊本県長洲町の人口動向

JR長洲駅や国道501号を中心に、荒尾市や玉名市とつながる生活圏が自然に形成されており、県境をまたぐ暮らしが日常的になっています。

このような交通と就業の関係が、人口の谷を埋めている一因になっているのではないかと想像しています。

 

安芸市の谷が深く見える理由 仮説で考える

安芸市にも、観光も行政も公共施設も揃っている。にもかかわらず若年層の定住が進まない。

そこには、いくつかの要因が重なっているように感じます。

  • 相手の勤務地が市外であることが多い
  • 子育てに必要な環境が揃いきっていない
  • 家賃や空き家の選択肢が少ない
  • 親との距離感の難しさ
  • 就業先の数と質

さらに、高知市方面へのアクセスがどんどん良くなっているのも一因。

便利になるほど、通う・通じる町にはなっても、住み続ける町にはなりにくくなる。そんなジレンマがあるようにも見えます。

 

最後に これから見たい3つのポイント

私がこの先も追いかけたいのは、次の3点です。

  • 15〜29歳の転出超過が何年続いているのか
  • 30代の薄さが保育園や小学校の在り方にどう響くか
  • 国道55号沿いや安芸駅周辺で、平日昼間にどんな年代が目立っているか

若年層の谷がどこで、どのくらい深いのか。それを丁寧に見ることで、安芸市の次の打ち手も、もう少しはっきりしてくるのではないかと思っています。

私は今、そのスタート地点にいます。

 

安芸市 公式サイト

 

 

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安芸市   2025/12/23   40010町民

高知県安田町の「いちばん多い年齢層」を考える──国勢調査と暮らしの風景から

 

高知県・安田町の名前を聞くと、四万十町に暮らしている私の頭には、まず安田川のひかり方が浮かびます。
四万十川の深い緑とは少し違う、さらっと澄んだ水。国道55号から曲がって、安田駅のあたりまで来ると、家並みの間からその青さがちらちら見える——。

そんな風景を思い浮かべながら、ふと考えます。

「この町で、いちばん“厚い”年齢層って、どこなんだろう?」

高知県安田町の人口や年齢構成を、国勢調査などのデータと、自分の目で見た風景を交えながら、一緒に考えてみたいと思います。

 

あなたの目には、どの世代が「多く」見えていますか?

まずは統計ではなく、読んでいるあなたの感覚から。

  • 平日の午前中、安田駅前の道を歩いたとき
  • Aコープやドラッグストアでレジに並んだとき
  • 町内の病院や診療所、役場の待合で順番を待っているとき
  • 秋祭りや地域の行事で、山車を引いたり、裏方で動いている人たちを眺めたとき

その場面を思い出したとき、頭に浮かぶのは、どんな年代の顔でしょうか。

私が去年の秋、四万十町から車で安田町へ向かったとき、
平日の午前10時ごろ、スーパーの駐車場に停まっている車から降りてくる人たちは、
白髪まじりの70代くらいの方が目立つ一方で、
仕事の合間なのか、作業着姿の50代くらいの男性も、ぽつぽつと見かけました。

「高齢者ばかり」というほど極端でもない。
でも、子どもや20代・30代の姿は、やっぱり少し探さないと見つからない——
そんな印象を持っています。

あなたは、どう感じているでしょうか。
その“現場の感覚”を心の中に置いたまま、統計の話に少しだけ進みます。

 

「年齢層」をどう区切るかで、町の見え方は変わる

高知県安田町の人口や年齢構成を調べるとき、よく使われるのが国勢調査です。
総務省統計局の「令和2年国勢調査(2020年)」を見ると、安田町の総人口は2,370人。そのうち**65歳以上が約46%**という数字が出ています。

ここまで聞くと、

「やっぱり高齢化が進んだ町なんだな」

という印象を持つ方が多いかもしれません。
ただ、この「65歳以上」「15〜64歳」という区切り方は、あくまで3つの大きな箱で見たときの話です。

  • 15歳未満(子ども)
  • 15〜64歳(いわゆる生産年齢人口)
  • 65歳以上(高齢者)

これに加えて、国勢調査では、5歳刻み(0〜4歳、5〜9歳…)の細かな年齢構成も公表されています。

5歳刻みで安田町の年齢構成を見ると、
70代後半から80代、さらに85歳以上のあたりに、比較的大きな「山」がいくつか連なっているように見える一方で、
40代・50代にも、そこそこの厚みが残っていることがわかります。

つまり、

  • 「高齢者が多い町」であることは確かそう
  • ただし「働き盛りがいない町」でもない
  • グラフの上のほうに大きな山があり、その下にも、中くらいの山がある

そんな姿が透けてきます。

 

なぜ、安田町では“高めの年齢層”に山ができているのか

ここからは、あくまで考察です。
国勢調査の数字だけでは理由は言い切れないので、「こういう要因が重なっているのかもしれない」という形で整理してみます。

1. 進学・就職で「一度町を離れる」若い世代

四万十町でも同じですが、安田町のような規模の町では、

  • 高校卒業をきっかけに高知市や県外へ進学する
  • 就職で、より働き口の多い都市部へ出る

という選択をする若い人が少なくありません。

全員が戻ってくるわけではないので、
20代・30代の層が、グラフ上ではどうしても細くなりやすい。

実際、私が安田町で見かける同世代(30〜40代)の人たちは、「地元で続けている人」「Uターンしてきた人」「パートナーの地元が安田で移り住んだ人」など、事情はさまざまですが、“残っている人”にはそれぞれの理由があると感じます。

2. 「住み慣れた場所で老いていく」選択が尊重されている

一方、70代・80代の山の大きさを見ると、

「ここで年を取り、ここで暮らし続けている人が多い」

というメッセージも読み取れます。

  • 子どもやきょうだいが都市部に住んでいても、自分は安田に残る
  • 多少不便でも、知った道、知った顔がある場所のほうが落ち着く

そう考えている人たちの姿が、数字の裏側に透けているように思えます。

安田川沿いの道を歩いていると、
庭木の手入れをしているお年寄りに、近所の人が声を掛けている光景をよく見かけます。
その会話は、統計には一切現れませんが、「住み続けたい」と思える土台を支えている気がします。

3. 「子育て世代の流入」はゆっくりと進んでいる段階かもしれない

ここ数年、高知県内では移住やお試し住宅の取り組みが増えています。
安田町も例外ではなく、海や川のある暮らしに惹かれて移り住む人の話も耳にします。

ただ、人口2,000人台の町では、
数世帯の移住ではグラフの線が大きく変わるところまではまだ行きません。

  • グラフで見ると「変化はごくわずか」
  • でも、町内の学校や保育園、小さな商いの現場では「1世帯増えた」ことの意味はとても大きい

この「統計上の変化」と「現場の手応え」のギャップも、地方の人口を読むときのポイントだと感じます。

 

数字で見えた年齢構成は、日常のどこに表れているか

では、安田町の年齢構成の“山”や“谷”は、具体的にどんな場面に顔を出しているでしょうか。

私が印象的だったのは、ある冬の日の午後、
安田町のとある集落で開かれていた「いきいきサロン」を見学させてもらったときのことです。

参加していたのは、70代後半から80代くらいの人が中心。
体操をして、お茶を飲んで、
「この前病院行ったらねえ」「あそこのミカンがおいしい」
といった会話が、ぽつぽつ続いていました。

その場には、いわゆる“現役世代”の人は、スタッフを除けば多くありません。
でも、送迎や会場の準備、裏方で動いているのは、
60代前後の「まだ動ける世代」の人たちでした。

この光景は、国勢調査のグラフでいうと、

  • 上のほうの大きな山(70〜80代)が、サロンの参加者としてそこにいる
  • そのすぐ下の山(60代)が、支える側として動いている

という構図と重なります。

「65歳以上が46%」と聞くと、
どうしても“支える側が少ない町”というイメージになりがちですが、
現場に行くと、支える側も65歳以上の中に含まれているという現実が見えてきます。

 

「これから厚くなっていく層」をどう見るか

人口の話で忘れたくないのは、「いま多い層」だけでなく、

「10年後・20年後に厚くなっていく層はどこか」

という視点です。

安田町の年齢構成を見ると、

  • 今は60代前後の人たちが、10年後には70代・80代へと移っていく
  • 今は40代・50代の人たちが、そのさらに下支えの層になる

という動きが予想できます。

そのとき、町の暮らしはどう変わるのか。

  • 車を手放す人が増えたとき、買い物や通院はどう支える?
  • ひとり暮らしの家が増えたとき、見守りの仕組みは足りている?
  • 役場や病院など「町の機能」を支える人材は確保できる?

一方で、子どもたちの数は多くはないかもしれませんが、
一人ひとりの存在は、とても大きな意味を持ちます。

  • 小さな学校だからこそできる学び方
  • 町全体で子どもを見守る空気
  • 将来、「また安田に帰って働きたい」と思ってもらえるような仕事や住まい

「どの年齢層が多いか」という話は、
こうした具体的な暮らしの問いとつながっています。

 

「いちばん多い年齢層」をどう受け止めるか

国勢調査などのデータを丁寧に見ていくと、
高知県安田町では、総人口2,370人の中で、65歳以上が約46%を占め、
5歳刻みで見れば、70代後半〜80代、そして85歳以上に大きな“山”がいくつか連なっていることがわかります。

その一方で、40代・50代にも中くらいの山があり、
子どもの数は多くはないけれど、ゼロではありません。

この事実から、

「安田町はいちばん多い年齢層が◯歳〜◯歳の“高齢者の町”だ」

と単純にラベルを貼ってしまうこともできます。
でも私は、四万十町で暮らしながら安田町を眺めている一人として、
その受け止め方だけではもったいない気がしています。

  • 高い年齢のところに山があるということは、
    それだけ長くこの町で暮らしてきた人が多いということでもある。

  • その下にある中くらいの山は、
    これから10〜20年、この町の暮らしを現場で支えていく世代。

  • 細い線に見える子どもたちは、
    将来この町に戻るかどうかの選択権を持つ、“未来の候補者”たち。

「いちばん多い年齢層はどこか?」という問いは、
じつは「この町の暮らしを、これから誰と一緒につくっていくのか?」という問いと、
静かにつながっているのだと思います。

 

おわりに──数字と風景のあいだで

この記事では、

  • 高知県安田町の人口・年齢構成(国勢調査2020年)をざっくり押さえつつ
  • 「高齢化」という言葉だけでは見えにくい、年齢の山と谷
  • そして、その裏側にある暮らしの場面

を、四万十町在住の一人の書き手として、できる範囲で描いてみました。

ここで書いたことは、あくまで一つの見方にすぎません。
実際に安田町に暮らしている人、
安田町から出て今は別の場所に暮らしている人、
これから安田町に行ってみたいと思っている人——
それぞれの視点から、また違う景色が見えるはずです。

もしよかったら、

  • あなたが日々の暮らしの中で出会う年齢の風景
  • これからの安田町がどうなっていったらいいと思うか

そんなことを、家族や友人と話してみるきっかけにしてもらえたらうれしいです。

そしていつか、
「安田町 年齢層」「安田町 人口」という検索結果の数字の裏に、
今日ここで思い浮かべた一人ひとりの顔が重なって見えるような、
そんな読み方ができたらいいなと思っています。


 

 

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安田町   2025/12/22   40010町民

えっ、まだhttp!?土佐町の公式サイトがSSL未対応だった話

最近のちょっとした趣味として、
いろんな地方自治体の公式サイトをふらっと見る、というのをやってます。


観光情報とか、移住支援の取り組みとか、
普段なかなか知ることのない地域の空気を感じられて、意外と面白いんです。


そんな流れで、
高知県の山あいにある「土佐町(とさちょう)」という町が目にとまりました。


水がきれいで、自然が豊かで、棚田もある。
なんなら水力発電にも関わっているという、ちょっとユニークな町。


気になって、すぐに公式サイトをチェックしてみたんです。
すると、思いがけないところで「おや?」となりました。


アクセスしたURLがこちら。
http://www.town.tosa.kochi.jp/


……お気づきでしょうか。
そう、「http://」なんです。
「https://」じゃない。


いまどき、SSL(エスエスエル)対応してないサイトなんてあるの?と、
思わず目をこすって確認しました。


念のため、URLの「http」を「https」に書き換えてアクセスしてみたんですが、
残念ながら接続できず。


つまり、公式サイトがSSL非対応=暗号化されていない状態で運営されているということになります。


これはちょっと意外でした。


SSLというのは、
サイトと閲覧者のあいだの通信を暗号化する仕組みで、
「https://」で始まるURLのサイトがそれにあたります。


最近ではSSL対応が当たり前になっていて、
検索エンジンもSSL対応サイトを優先的に評価するようになっています。


何より、
SSLに対応していないと、ブラウザの上部に「保護されていない通信」と表示されてしまうので、
初めてアクセスした人はちょっと不安になってしまうかもしれません。


たとえフォームや個人情報の送信機能がなくても、
公式サイトでその表示が出るのは少し残念だなと感じました。


土佐町のサイト自体は、正直とても見やすいです。


カテゴリ分けも丁寧で、
観光案内や町の取り組み、くらしの情報も分かりやすくまとまっていて、
「ちゃんと更新されている感」が伝わってきます。


パンフレットのPDFがあったり、
町長の挨拶が載っていたりと、
町の雰囲気もしっかり表現されていました。


だからこそ、なおさら惜しいなと。


ここにSSLが導入されていれば、
外部から見る人にも安心感が出るし、
町の情報発信としてもより信頼性が増すと思うのです。


今は「Let’s Encrypt」みたいな無料のSSL証明書もありますし、
技術的なハードルも以前に比べればかなり下がっています。


導入には多少手間はかかるかもしれませんが、
一度設定してしまえばあとはほぼ自動で更新される時代です。


個人的には、
こういうちょっとした“技術的なアップデート”も、
自治体の印象にじわっと効いてくるんじゃないかなと思います。


今回のことは、ほんの偶然の発見でした。


たまたま気になってアクセスしただけなんですが、
まさか2025年にもなって、SSL非対応の公式サイトを見かけるとは思わなかったので、
ちょっとブログに書いておくことにしました。


土佐町そのものにはすごく興味が湧いたし、
いつか実際に足を運んでみたいなとも思っています。


そして、次にサイトを開いたとき、
ひっそりと「https://」に変わっていたら、
それはそれでなんだかうれしいな、と思ったりもしてます。


この投稿はあくまで個人的な気づきであり、
特定の自治体を責めたい意図はまったくありません。


ただ、ひとりのネットユーザーとして、
ふと感じたことを書き残しておきたくなった、そんな話でした。


それではまた、どこかの町で。

 

 

高知県土佐町公式サイト

 

 

 

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土佐町   2025/12/21   40010町民

奈半利町、人口2,783人でも存在感はマシマシだった話🍆✨

 

高知県の端っこ、奈半利町って知っちゅう?
〜四万十町民がちょっと気になって調べてみた話〜


🍵


この前、スーパーの駐車場で
「奈半利町ってどこにあるが?」って聞かれた。


「えっと、高知県の…東の方?」
あいまいな答えしかできんかった自分が情けなくて、
その日の夜、ちゃっかり調べてみました。📱


🍊


まず最初に、読み方。
これ、けっこう知らん人多いがやけど


「なはりちょう」って読むがよ。
奈良の「奈」に、半分の「半」、で「利」つけて「奈半利」。
なぜか、パッと見た感じよりずっとお上品な響き。


なんか、インテリ感あるやん?笑


🗾


で、場所はどこかというと、
高知県の東端、安芸郡(あきぐん)にある小さな町。
海と山に囲まれた、これまた絵に描いたような自然の町やき。


高知市から車で約2時間くらい。
いやー、遠い!
同じ高知でも、うちの四万十町から行くとなったら、
下手したら一泊二日の小旅行になるで…


🚙


それでいて、町の人口はというと——
2025年12月1日現在で、2,783人!


少なっ!


でもまあ、我らが四万十町も似たようなもんよ。
人のこと言えん。
むしろ、先に言われたら悔しいぐらいやし🤣


ちなみに平成27年(2015年)時点では、3,388人おったらしい。
ってことは、10年で600人くらい減っちゅう…
これ、1年で60人ペースやん。
学年1クラスずつ、スーッと消えていく感じ。切ない…


🌲


けんどね、調べていくうちにわかったがやけど、
奈半利町って、ただの小さな田舎町やないがよ。


たとえば、


🚂 土佐くろしお鉄道の終着駅がある!
→奈半利駅、立派な終点!
しかも、駅には地元の特産品販売所もあって、
観光客にも優しい感じやき✨


🏞 奈半利川がきれいすぎる!
→あの川、見てほしい。
上からのぞいたら底が見えるレベル。
しかも夏場にはアユ釣りとかもできるって。
天然のプール、いや、それ以上やね。


🛶 伝説の“川バカ”が集まる町!?
→奈半利川で川遊びやカヌー体験できるんやと。
そういうガチ勢が集まってるらしい。
…川でそんなに熱くなれるとか、正直うらやましい。


🍆


あと、野菜もうまい。
特に有名なのがナスとミョウガ。
地元の直販所で売られゆうやつは、
もぎたてでツヤッツヤ。


この前、奈半利のミョウガを天ぷらで食べたけど、
あれはちょっと感動もんやった。
なんというか、シャクッとした食感と、
ほんのり香る苦みが酒に合うんよねぇ〜🍶


🌊


しかも!
海がすぐそこやき、釣りもできる。
漁港の雰囲気がまたエモいんよ。


“あの頃の昭和”みたいな空気が残っちゅう。
漁師さんが穏やかにタバコ吸いながら網を直しゆうのとか、
もはや映画のワンシーン。


📉


とはいえ、人口減少は現実問題。
若者は町を離れ、
子どもも減って、学校も統廃合の波が来ちゅう。


なんかね、自分の町の未来を見るみたいやったわ。
うちの四万十町だって、
似たようなグラフ描きよるもん。


ああ…なんか、親近感。


📷


それでも奈半利町の人たちは、
小さな町を守ろうと頑張っちゅう。


地域おこし協力隊が入ってきたり、
古民家リノベしてゲストハウス始めたり。
外から人を呼び込もうと、あの手この手でやりゆうみたい。


ちょっと調べただけやけど、
なんか応援したくなるんよね、こういう町って。


🏡


あとね、なにより町の人が温かい。
これは、前に寄ったとき実感したこと。


道を聞いたらめっちゃ親切に教えてくれたし、
しかも「ついでにこれ持っていきや〜」って
ナスまでくれたんよ(笑)


田舎あるあるやけど、やっぱ嬉しいもんやわ✨


📚


なんか、こうして調べてるうちに、
「住んでみるのもありかも…?」って
一瞬、よぎったりして。


けんど、うちには畑も田んぼもあるし、
実家の猫もおるし、
やっぱり移住は無理か〜と現実に戻る(笑)


でもまあ、旅行ついでに一泊するくらいなら、
全然アリやね。
ゲストハウスもあるし、駅もあるし。
バス乗り継ぎで辿り着けそうやし!


🌟


奈半利町。
それは、高知県の端っこの町でありながら、
濃密な自然と、あったかい人と、
なにより、ちゃんと“生きてる”町やった。


こぢんまりしちゅうけど、
ギュッと詰まった魅力があるきに、
今度はちゃんと遊びに行きたいなって思う。


そして——
自分の町も、もっと知っていかんといかんなぁって
ちょっと反省した今日この頃でした。


📍


次はどこを調べてみようかねぇ?
須崎?梼原?それとも…愛媛!?笑


ではでは、このへんで✋

 

奈半利町 住民基本台帳人口の推移

 

 

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奈半利町   2025/12/19   40010町民