室戸市の人口動向、何がそんなに違うのか?
このブログで考えたいこと
室戸市の人口はなぜ減り方が目立つのか
近隣の町とどこが違うのか
そして、人口規模が近い岩手県一戸町や石川県珠洲市と比べたとき
どんな性格の違いがあるのかを見ていきたい
はじめに
距離は数字ではなく「暮らしの感覚」
四万十町で暮らしていると、移動にまつわる感覚はメートルやキロじゃないと感じる
買い物、病院、学校…その道が一本道だと、生活が静かに縮んでいく気がする
室戸市を思い浮かべると、まず頭に浮かぶのは国道55号
海沿いを走る一本道で、風景は美しく観光資源も多い
室戸岬灯台、御厨人窟、室戸ジオパーク、むろと廃校水族館
道の駅キラメッセ室戸、そして室戸スカイライン
こんなに見どころがあるのに、人口は減っていく
しかも周辺市町村よりも、もう一段深く減っているように見える
今回はその違いについて、いくつかの見立てをもとに考えてみる
室戸の減少傾向に見える「クセ」
他の町も減っている。でも、室戸は落ち方が違う
安芸市、奈半利町、田野町、安田町、東洋町、北川村、馬路村
どこも人口は減っている。室戸だけが特別というわけではない ▶安芸市のページ
それでも、室戸の減り方は“目立つ”
私にはそう映る
減り続けるグラフに、少しの“緩み”がない
近隣の町は、たとえ減っていても
ある時期には少し落ち着く雰囲気が見える
室戸はその前にもう一段落ちるように感じる
数字というより、生活の気配としての話
暮らしの重心が外に引っ張られている
室戸にもサンシャイン室戸店や室戸中央病院など、生活の基盤はある
ただ、用事が複雑になるほど安芸市方面へ出ていく選択が増える
この「ちょっと寄る」が重なることで
中心の存在感がじわじわと薄れていく
減少率以上に、空気が変わってしまう
観点1
終点の町というポジションが「戻る選択」を難しくする
国道55号は、確かにつながっている
でもそのつながり方は「ここで終わり」という形になっている
奈半利町までは鉄道の延長として生活圏が成り立っているけれど
そこから先は完全に車とバスの世界になる
いったん町を離れた人が戻ってこようとするとき
鉄道の有無、病院の数、通勤経路の選択肢が候補地の条件に加わる
どれも揃っている場所のほうが戻り先として選ばれやすい
室戸は、どうしても“最後の候補”から外れやすい
室戸スカイラインからの景色は素晴らしい
けれど、暮らしは景色より時刻表と日々の費用で決まる
地形がつくる「終点感」が静かに影響しているように思う
観点2
拠点が限られる町では、暮らしの選択が外に向かいやすい
室戸は、暮らしを支えるポイントが限られている
役所、病院、学校、スーパー……それぞれの距離が遠く、点でつながっている印象がある
安芸市は、ひとつの場所で複数の用事を済ませられる
奈半利町、田野町、安田町も、国道沿いで生活が完結しやすい配置になっている
一方、室戸ではライフステージが変わるごとに
住み替えの判断が出やすい気がする
そしてその行き先は、ほぼ安芸方面と決まっているようにも見える
引っ越しは静かに起きる
そして戻る人は少ない
この「戻らない」が室戸の人口減少を
より鋭く、深く見せているのではないだろうか
観点3
観光の強さが、暮らしを支える力と一致しない
観光面では、室戸はかなり強い
ジオパークや灯台、水族館、御厨人窟など話題性はある
国道55号でスポットがつながっていて、アクセスも悪くない
ただし、来訪者が増えることと、住民が増えることは別問題
観光業は季節による波が大きく、定住には直結しにくい
定住を増やすには、仕事・教育・医療・住宅・買い物
この5つが同時にそろう必要がある
その「同時」が難しいため
室戸は“魅力があるのに減っていく”という矛盾を抱えやすい
努力の問題ではなく、構造のギャップなのだと思う
人口規模が似ている自治体と比べてみる
岩手県一戸町と石川県珠洲市
室戸市と似た規模の町に、岩手県の一戸町と石川県の珠洲市がある ▶市町村人口ランキング
一戸町は内陸の町で、周辺都市への連携が取りやすい立地
減少傾向にあっても、生活圏を“横に広げる”選択肢が残されている ▶一戸町の人口について
つまり、端ではあっても「終点ではない」構造になっている
珠洲市は、能登半島の先端に位置していて、室戸とよく似た地形条件を持つ
ただ、珠洲は大きな地震災害により、短期間で人口が大きく動いた時期がある ▶珠洲市の人口についての記事
室戸の場合はそうした急な変化はなく
時間をかけて静かに細っていく減り方が特徴
同じ「先端」の町でも、減り方の理由や背景は異なっている
今のところの結論として思うこと
室戸市の人口減少が、周辺市町村よりも目立って見えるのは
減少のスピードや割合ではなく
「生活圏が一方向にしか広がらない」という構造にあると思っている
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国道55号がすべての動線になっている
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鉄道が奈半利で止まり、室戸は車中心の町になっている
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医療や教育、買い物の選択肢が限られ、暮らしが重くなるほど外へ出る決断が生まれやすい
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観光に強みがあっても、定住を支える土台には結びつきにくい
こうした要素が重なって
室戸の人口減少は、目立たないようでいて確実に深くなっていく
そして、それは数字よりも生活の“かたち”に表れているように感じる
おわりに
室戸は弱くない
資源も景色も、物語もたくさんある町
それでも人口が減るという現実が、地方の難しさを物語っている
次に室戸を訪れるときは、観光地をめぐるだけでなく
バス停の時刻表や病院へ向かう車の流れ
サンシャイン室戸店の混み具合を見てみたい
そこに、室戸の生活の設計図が見える気がしている
結論は急がず、でも
室戸の「違い」は、地形と生活圏の偏りが静かに数字に刻まれている結果なのだろうと
今のところはそう考えている

