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高知県いの町 ― 人口2万人の町は、どうやって町として成立しているのか?

いの町の仁淀川.jpg

 

高知県いの町について最初に引っかかったのは、「名前はよく聞くのに、町の姿が思い浮かばない」という点だった。仁淀川という言葉は何度も目にしてきたが、その川と一緒に暮らしている人たちの生活像がほとんど浮かばない。観光地として語られる文脈と、行政区分としての「町」の実態が、どうも噛み合っていないように感じた。

 

 

実際の人口や年齢構成を見ても、その輪郭の掴みにくさは数字として表れている(いの町の地域・年齢別人口データ〈公式〉)。

 

 

そこで今回は、いの町を「どんな魅力があるか」ではなく、「この規模で、日常はどうやって回っているのか」という観点から見てみることにした。

 

まず数字を拾ってみる。

いの町の人口は約2万人強。直近ではおよそ20,000〜21,000人の間を推移している。面積は約470平方キロメートル。これは東京23区の4分の1ほどの広さになる。単純計算すると、人口密度は1平方キロあたり40人台。かなり低い。

さらに施設数を見ると、小学校が十数校、中学校が数校、高校が2校ほどある。スーパーや日常的な買い物ができる場所も、町内に複数存在している。

この数字を見たとき、まず思ったのは「町が広すぎる」という感覚だった。人口2万人の自治体としては、明らかに面積が大きい。その分、生活圏が一箇所にまとまっているとは考えにくい。

 

では、この広さと人口で、生活はどう成立しているのだろうか。

人口2万人という数字だけを見れば、日常生活に最低限必要な機能は揃えられそうだ。学校もあるし、医療機関や商業施設もゼロではない。ただし、470平方キロという面積を考えると、これらの施設が「徒歩圏」にある人は限られているはずだ。

つまり、生活の前提条件として「車」がかなり大きな役割を持っている可能性が高い。買い物、通院、通学、通勤。そのほとんどが車移動で成り立っていると仮定しないと、数字が噛み合わない。

人口密度が低いということは、裏を返せば「隣人との距離が物理的に遠い」ということでもある。都市部のように、人口が自然に集まってサービスを支える構造ではなく、**分散した生活を、移動によって無理やり一つの町として繋いでいる**ようにも見える。

 

ここで少し引っかかったのが、学校や公共施設の数だ。

人口2万人規模にしては、学校数がやや多い印象を受ける。これは、地理的な理由から統合しきれないのか、それとも過去の人口規模を前提にした配置が残っているのか。いずれにしても、「効率」より「距離」を優先した結果なのではないかと思えてくる。

ただ、この構造は同時に、維持の難しさも孕んでいる。児童数が減り続ければ、学校は維持できなくなる。だが、統合すれば今度は通学距離が問題になる。そのジレンマを、町全体でどう受け止めているのかは、外からは見えにくい。

 

分からなかったことも多い。

例えば、実際に人が多く住んでいるのは町内のどこなのか。平地に集中しているのか、それとも山間部にも一定数残っているのか。高齢者の割合がどの地域で高いのかによって、生活の成立条件は大きく変わるはずだ。

また、若い世代が町内でどの程度生活を完結させているのかも見えにくい。町外へ通勤・通学している人が多いのか、それとも町内で仕事が回っているのか。人口2万人という数字の中身が分からないままでは、成立の仕方も仮説止まりになってしまう。

 

ここまで見てきて感じたのは、いの町は「完成された町」というより、**成立し続けている途中の構造体**に近いということだ。

都市のように自己増殖する仕組みは持っていないが、急激に崩れる兆候も今のところは見えない。車移動を前提に、分散した集落と最低限の施設を繋ぎながら、なんとか日常を回している。そのバランスが、人口2万人という数字で、かろうじて保たれているように見える。

 

暫定的な結論として言えるのは、いの町は「暮らしやすさ」で評価される町でも、「厳しさ」で語られる町でもないということだ。ただ、広さと人口の不釣り合いを、移動と分散で調整しながら成立している。その調整がいつまで続くのか、どこに限界があるのかは、まだ分からない。

次に見るとしたら、人口の分布や年齢構成、通勤先の割合あたりを掘り下げたい。そこが見えれば、この町がどこに向かっているのか、もう少し具体的に考えられる気がしている。

 

 

いの町   2025/11/15   40010町民
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