高知県・安田町の名前を聞くと、四万十町に暮らしている私の頭には、まず安田川のひかり方が浮かびます。
四万十川の深い緑とは少し違う、さらっと澄んだ水。国道55号から曲がって、安田駅のあたりまで来ると、家並みの間からその青さがちらちら見える——。
そんな風景を思い浮かべながら、ふと考えます。
「この町で、いちばん“厚い”年齢層って、どこなんだろう?」
高知県安田町の人口や年齢構成を、国勢調査などのデータと、自分の目で見た風景を交えながら、一緒に考えてみたいと思います。
あなたの目には、どの世代が「多く」見えていますか?
まずは統計ではなく、読んでいるあなたの感覚から。
- 平日の午前中、安田駅前の道を歩いたとき
- Aコープやドラッグストアでレジに並んだとき
- 町内の病院や診療所、役場の待合で順番を待っているとき
- 秋祭りや地域の行事で、山車を引いたり、裏方で動いている人たちを眺めたとき
その場面を思い出したとき、頭に浮かぶのは、どんな年代の顔でしょうか。
私が去年の秋、四万十町から車で安田町へ向かったとき、
平日の午前10時ごろ、スーパーの駐車場に停まっている車から降りてくる人たちは、
白髪まじりの70代くらいの方が目立つ一方で、
仕事の合間なのか、作業着姿の50代くらいの男性も、ぽつぽつと見かけました。
「高齢者ばかり」というほど極端でもない。
でも、子どもや20代・30代の姿は、やっぱり少し探さないと見つからない——
そんな印象を持っています。
あなたは、どう感じているでしょうか。
その“現場の感覚”を心の中に置いたまま、統計の話に少しだけ進みます。
「年齢層」をどう区切るかで、町の見え方は変わる
高知県安田町の人口や年齢構成を調べるとき、よく使われるのが国勢調査です。
総務省統計局の「令和2年国勢調査(2020年)」を見ると、安田町の総人口は2,370人。そのうち**65歳以上が約46%**という数字が出ています。
ここまで聞くと、
「やっぱり高齢化が進んだ町なんだな」
という印象を持つ方が多いかもしれません。
ただ、この「65歳以上」「15〜64歳」という区切り方は、あくまで3つの大きな箱で見たときの話です。
- 15歳未満(子ども)
- 15〜64歳(いわゆる生産年齢人口)
- 65歳以上(高齢者)
これに加えて、国勢調査では、5歳刻み(0〜4歳、5〜9歳…)の細かな年齢構成も公表されています。
5歳刻みで安田町の年齢構成を見ると、
70代後半から80代、さらに85歳以上のあたりに、比較的大きな「山」がいくつか連なっているように見える一方で、
40代・50代にも、そこそこの厚みが残っていることがわかります。
つまり、
- 「高齢者が多い町」であることは確かそう
- ただし「働き盛りがいない町」でもない
- グラフの上のほうに大きな山があり、その下にも、中くらいの山がある
そんな姿が透けてきます。
なぜ、安田町では“高めの年齢層”に山ができているのか
ここからは、あくまで考察です。
国勢調査の数字だけでは理由は言い切れないので、「こういう要因が重なっているのかもしれない」という形で整理してみます。
1. 進学・就職で「一度町を離れる」若い世代
四万十町でも同じですが、安田町のような規模の町では、
- 高校卒業をきっかけに高知市や県外へ進学する
- 就職で、より働き口の多い都市部へ出る
という選択をする若い人が少なくありません。
全員が戻ってくるわけではないので、
20代・30代の層が、グラフ上ではどうしても細くなりやすい。
実際、私が安田町で見かける同世代(30〜40代)の人たちは、「地元で続けている人」「Uターンしてきた人」「パートナーの地元が安田で移り住んだ人」など、事情はさまざまですが、“残っている人”にはそれぞれの理由があると感じます。
2. 「住み慣れた場所で老いていく」選択が尊重されている
一方、70代・80代の山の大きさを見ると、
「ここで年を取り、ここで暮らし続けている人が多い」
というメッセージも読み取れます。
- 子どもやきょうだいが都市部に住んでいても、自分は安田に残る
- 多少不便でも、知った道、知った顔がある場所のほうが落ち着く
そう考えている人たちの姿が、数字の裏側に透けているように思えます。
安田川沿いの道を歩いていると、
庭木の手入れをしているお年寄りに、近所の人が声を掛けている光景をよく見かけます。
その会話は、統計には一切現れませんが、「住み続けたい」と思える土台を支えている気がします。
3. 「子育て世代の流入」はゆっくりと進んでいる段階かもしれない
ここ数年、高知県内では移住やお試し住宅の取り組みが増えています。
安田町も例外ではなく、海や川のある暮らしに惹かれて移り住む人の話も耳にします。
ただ、人口2,000人台の町では、
数世帯の移住ではグラフの線が大きく変わるところまではまだ行きません。
- グラフで見ると「変化はごくわずか」
- でも、町内の学校や保育園、小さな商いの現場では「1世帯増えた」ことの意味はとても大きい
この「統計上の変化」と「現場の手応え」のギャップも、地方の人口を読むときのポイントだと感じます。
数字で見えた年齢構成は、日常のどこに表れているか
では、安田町の年齢構成の“山”や“谷”は、具体的にどんな場面に顔を出しているでしょうか。
私が印象的だったのは、ある冬の日の午後、
安田町のとある集落で開かれていた「いきいきサロン」を見学させてもらったときのことです。
参加していたのは、70代後半から80代くらいの人が中心。
体操をして、お茶を飲んで、
「この前病院行ったらねえ」「あそこのミカンがおいしい」
といった会話が、ぽつぽつ続いていました。
その場には、いわゆる“現役世代”の人は、スタッフを除けば多くありません。
でも、送迎や会場の準備、裏方で動いているのは、
60代前後の「まだ動ける世代」の人たちでした。
この光景は、国勢調査のグラフでいうと、
- 上のほうの大きな山(70〜80代)が、サロンの参加者としてそこにいる
- そのすぐ下の山(60代)が、支える側として動いている
という構図と重なります。
「65歳以上が46%」と聞くと、
どうしても“支える側が少ない町”というイメージになりがちですが、
現場に行くと、支える側も65歳以上の中に含まれているという現実が見えてきます。
「これから厚くなっていく層」をどう見るか
人口の話で忘れたくないのは、「いま多い層」だけでなく、
「10年後・20年後に厚くなっていく層はどこか」
という視点です。
安田町の年齢構成を見ると、
- 今は60代前後の人たちが、10年後には70代・80代へと移っていく
- 今は40代・50代の人たちが、そのさらに下支えの層になる
という動きが予想できます。
そのとき、町の暮らしはどう変わるのか。
- 車を手放す人が増えたとき、買い物や通院はどう支える?
- ひとり暮らしの家が増えたとき、見守りの仕組みは足りている?
- 役場や病院など「町の機能」を支える人材は確保できる?
一方で、子どもたちの数は多くはないかもしれませんが、
一人ひとりの存在は、とても大きな意味を持ちます。
- 小さな学校だからこそできる学び方
- 町全体で子どもを見守る空気
- 将来、「また安田に帰って働きたい」と思ってもらえるような仕事や住まい
「どの年齢層が多いか」という話は、
こうした具体的な暮らしの問いとつながっています。
「いちばん多い年齢層」をどう受け止めるか
国勢調査などのデータを丁寧に見ていくと、
高知県安田町では、総人口2,370人の中で、65歳以上が約46%を占め、
5歳刻みで見れば、70代後半〜80代、そして85歳以上に大きな“山”がいくつか連なっていることがわかります。
その一方で、40代・50代にも中くらいの山があり、
子どもの数は多くはないけれど、ゼロではありません。
この事実から、
「安田町はいちばん多い年齢層が◯歳〜◯歳の“高齢者の町”だ」
と単純にラベルを貼ってしまうこともできます。
でも私は、四万十町で暮らしながら安田町を眺めている一人として、
その受け止め方だけではもったいない気がしています。
-
高い年齢のところに山があるということは、
それだけ長くこの町で暮らしてきた人が多いということでもある。 -
その下にある中くらいの山は、
これから10〜20年、この町の暮らしを現場で支えていく世代。 -
細い線に見える子どもたちは、
将来この町に戻るかどうかの選択権を持つ、“未来の候補者”たち。
「いちばん多い年齢層はどこか?」という問いは、
じつは「この町の暮らしを、これから誰と一緒につくっていくのか?」という問いと、
静かにつながっているのだと思います。
おわりに──数字と風景のあいだで
この記事では、
- 高知県安田町の人口・年齢構成(国勢調査2020年)をざっくり押さえつつ
- 「高齢化」という言葉だけでは見えにくい、年齢の山と谷
- そして、その裏側にある暮らしの場面
を、四万十町在住の一人の書き手として、できる範囲で描いてみました。
ここで書いたことは、あくまで一つの見方にすぎません。
実際に安田町に暮らしている人、
安田町から出て今は別の場所に暮らしている人、
これから安田町に行ってみたいと思っている人——
それぞれの視点から、また違う景色が見えるはずです。
もしよかったら、
- あなたが日々の暮らしの中で出会う年齢の風景
- これからの安田町がどうなっていったらいいと思うか
そんなことを、家族や友人と話してみるきっかけにしてもらえたらうれしいです。
そしていつか、
「安田町 年齢層」「安田町 人口」という検索結果の数字の裏に、
今日ここで思い浮かべた一人ひとりの顔が重なって見えるような、
そんな読み方ができたらいいなと思っています。
